アトラス院側も戦場に現れた『六師』の事は把握していた。

その報告を受けたナジャフは苦虫をまとめて噛み潰した表情で短時間思案に暮れたが決断を下す。

「よりにもよって『六師』全員か・・・『六師』は機械兵士での牽制に集中、遠距離兵器は全て後退する『六王権』軍に集中。奴らを叩けるだけ叩け」

現状、『六師』を傷付ける方法などほぼ皆無。

勝ち残れる可能性は極めて・・・いやこちらも皆無。

ならば水に落ちた犬だけは徹底的に叩く。

その決意と共に『六師』をあえて無視し後方に下がる『六王権』軍に更なる攻撃を開始した。

二十『破壊・自決』

突然自分たちに目掛けて叩き込まれる銃弾の嵐を前に、咄嗟に『地師』が手短にあった車体を自分達の前に立て掛けて自分で支える形で即席のバリケードを造り出す。

あの程度ならばそれほど脅威でもないが、つまらぬ事で負傷するのも馬鹿らしい。

「おーおー。必死だな向こうも」

「そりゃそうだよ。向こうも後が無いから」

「強行突破も出来るがここで怪我をするのも馬鹿らしい。このままで少しずつ前進を続けようか?『地師』」

「・・・いやそうも行かんぞ」

『炎師』の提案に空を見上げていた『地師』が首を横に振る。

それに釣られて全員が空を見上げると、レーザーカノンが光の帯を走らせその後を続くように機関砲の銃弾、更にミサイルが次々と飛来、自分達の頭上を飛び越え、後方に向かっていく。

「おいおい、俺たちを無視してオーテンロッゼの方を叩くのかよ」

「・・・考えたわね。今のこっちの窮状を知ってか知らずかは判らないけど、軍勢を減らされる訳にはいかないわよ。これ以上減ったらアフリカ・中東、南アジア方面侵攻に致命的な支障が出るわ」

「ただでさえオーテンロッゼの無謀な突撃で貯金を使い果たしているし、このままじゃ・・・」

「・・・『風師』、『炎師』、あの機械兵士を『インフェルノ』で一掃しろ。その後『闇師』と『光師』で『アトラスの門』を破壊し内部に突入して片を付ける」

「へ?いやとっつあん、やるのは別に、かまわねえが」

「それなら『カタストロフ』の方が良いのではないか?我々の中では最も速く発動するのだから」

「そうよね。それに『カタストロフ』範囲も自由に決められるし、その方が都合良いんじゃない?」

疑問を持った『風師』、『炎師』、『闇師』に苦笑しつつ首を横に振る。

「そうしたいのは山々だが、俺がこいつから手を離せばこれが倒れる。銃弾の雨霰の中集中など出来まい」

「確かにな」

「と言うか、『地師』、それもう壊れる寸前なんだけど」

『闇師』の指摘どおり、バリケードにした車は既にスクラップと化しており、所々穴すら開き始めている。

「ああそうだな。安心しろ。直ぐに俺が壁になる」

「へ?俺がって・・・とっつあんまさか」

「あなた・・・」

「・・・何を勘違いしているのかが直ぐにわかる。言葉が足りなかったな。『タイタン』で壁にするだけだ」

付け足した言葉に全員が安堵のため息を吐く。

それを見て他の『五師』よりも深いため息を吐く『地師』。

「お前らな、俺が『完全蘇生』に四六時中頼り切るとでも思ったのか」

「そいつはとっつあんが悪いぜ。自分の『完全蘇生』を使って何度俺達の盾になったと思っているんだ?」

「大体ね、最初あれした時は本当に大変だったのよ。メリッサ姉さんが本気で泣いて、周辺一帯を湖にする寸前だったんだから」

「おまけに『ウンディーネ』が暴れに暴れるもんだから俺達総掛かりでも手が付けられなかった」

「あの時の母さん本当に怖かったんだから」

何の説明無く最初に『完全蘇生』を使った時の事を指摘されて返す言葉も無く呻く。

「まだ言いたい事もあるが・・・その話は後だ。『地師』早く『タイタン』で壁を。もうそれも使えまい」

『炎師』の言うとおり、既に車は所々貫通しており、そこから銃弾が飛び込んでくる。

「そうだな。『炎師』、『風師』頼む、一掃したら『光師』と『闇師』も」

「了解」

「承知」

「判っているわよ」

「うん」

それぞれの返事に頷き、『タイタン』を招聘する。

それと同時に『タイタン』は自分の腕で半円を作り、新たなバリケードを作る。

さすがに幻獣王の腕は車体とは比べるのもおこがましいほど強靭で、一発たりとも銃弾を通す事はない。

「んじゃ久しぶりに頼むぜ『シルフィード』、派手にな」

「出て来い『ジン』お前の出番だ」

それと同時に機械兵士の周辺の温度が急上昇を始め、空気が薄れ始める。

「出来ればアトラス院も巻き込めれば良かったんだけどな」

「そこまで広げてしまえば時間が掛かり過ぎる。あれだけは片付ける規模で我慢するぞ」

「そうだな・・・よし、行くぜ」

「ああ」

―インフェルノ―

轟音と共に、爆発が巻き起こり、機械兵士達は紅蓮の炎に呑まれ、爆発し、吹き飛び、『六師』達の真上を通り越して地面に叩きつけられる。

「よし、片付いたか『闇師』、『光師』頼む」

「判っているわよ。やるわよ『光師』」

「はーい」

『光師』ののんきな声と共に『ガブリエル』と『ルシファー』が同時に姿を現す。

「後ろの鳥頭共の事もあるからさっさとやるわよ」

「了解」

『アトラスの門』に異変が起こる。

光の粒子と闇の粒子が集まり混ざり合う。

本来ならば混ざり合う事などある筈の無い二つが混ざり合い急激な膨張を始める。

「こんな所かな?」

「そうね。本当ならアトラス院丸ごと吹っ飛ばせれば良いんだけど・・・言っても仕方ないか。やるわよ!」

「うん!」

―カオス―

その一言で無理やり混ざり合わせていた光と闇は反発しその反動は膨大なエネルギーを生み出し『アトラスの門』を破壊し尽くす。

「開いたか。んじゃ・・って?」

門が開けられた事を確認して『風師』が拳を鳴らしながら突撃を始めようとした矢先に次々と『マモン』が『アトラスの門』跡に殺到。

押し出される様に死者がアトラス院に雪崩れ込む。

「オーテンロッゼの奴か?」

『炎師』の呟きに応じるように姿を現す。

「はっ、お手数をお掛け致しましたが後は我々が始末を付けます。閣下方はどうぞごゆるりと我々の戦果の吟味を」

表面恭しくだが、その眼光には狡猾な色を残したオーテンロッゼが一礼してから前線の指揮の為にその場を後にする。

「おいどうする?あの野郎、横取りする気だぜ」

「横取りと言うよりも名誉挽回だろう」

「そうだろうね。あいつカイロの補充兵、全部失ったんだし、少しでも王様への点数稼ぎしたいんだよきっと」

「そうね。ルヴァレの末路を見ていれば少しでも失点を回復したいのね」

「でどうする?奴に抗議するか?」

「やめておきましょう。機を見るに敏である事には間違いないし、後はあいつに任せてもいいわ」

「そうか?ま、そう言うなら構わねえが」

「が?どうした?」

「いや、アトラスに攻め込ませる数多すぎじゃねえか?」

「そうか?アトラス院は広大だ。あれくらいの戦力は投入すべきだと思うが」

「そうか?まあ確かにそうなんだけどよ・・・」

この時、発言した『風師』も確固たる予感に駆られて発言した訳ではなかった。

だが、後になり、彼はオーテンロッゼを止めなかった事を心底後悔する事になる。









一方、前線の戦力を瞬時に全滅させられ、更に『アトラスの門』を破壊されたアトラス防衛隊は混乱の極地に無かった。

元より機械兵士も『アトラスの門』もそう長くは保ちこたえる事は出来ない事は予測済みだった。

最もここまで速く突破されるとは予測外だったが。

「・・・ここまでか。総員」

『教官、各隔壁を計算通りに閉鎖、『アトラスの断末魔』起動準備完了』

『こちらも閉鎖、起動準備完了』

ナジャフの言わんとしていた事を、先回りする様に全員から伝えられたのはアトラス院最後の意地とも言える最終兵器起動準備完了の報告だった。

「やれやれ、私の最後の仕事を取らなくても良いだろうに・・・それと各レーザーカノン、ミサイル、機関砲は『六師』に攻撃を集中、他の『六王権』軍は勝手に『アトラスの断末魔』に飛び込んでくれる。『六師』に我々の意地を少しでも叩きつけろ・・すまないな皆」

『教官、俺達は俺達の意思でここに残りました。悔いはありません』

「そうか・・・全員来世なり冥界で会おう」

『はっ!』

通信が切れるとナジャフは傍らの妻に笑いかける。

「すまないな」

「いいのですよ。私の自分の意思でここにいます。シオンの花嫁衣裳も見る事が出来ました。ただ心残りは私達の孫を見れなかった事ですね」

「そうだな。だがシオンは・・・あの子は彼が幸せにしてくれる。それだけでも存外だと言うものなのだろうな」

「ええ、後の事は私達の次の世代に任せましょう。私達は冥界でシオンの行く末を見守りましょう」

「ああ、始めようか」

そう呟くと傍らのスイッチを一瞬だけ躊躇すると全ての未練を断ち切るように押し込んだ。

『アトラスの断末魔』・・・アトラス院に入り込んだ敵を絶滅させる為に、相討ちを前提として創り上げた最終兵器の起動スイッチを。









その頃外では

「うおお!」

「皆、あのレーザーだけは避けなさい!」

『六師』は突然気が触れたかのように自分たち目掛けて降り注ぐレーザーカノン、ミサイル、機関砲の雨に対処していた。

ミサイルや機関砲であれば、幻獣王を装備したり使役する事で、弾き飛ばし切り裂き、焼き尽くして防御する事も出来るが、レーザーになると話は変わってくる。

直撃を被り、炭化してしまえば再生も難しい。

場所によっては死ぬ恐れも出てくる。

「『タイタン』、レーザーの防御に全て集中しろ。残りはメリッサ達が対処してくれる」

現状は『タイタン』の腕で防御するしか手が無い。

「ったくよ、一体どれだけ打ち込んでくる気だ?」

『シルフィード』で武装した両腕、両足でミサイル数発を四等分に切り落としながら『風師』が愚痴る。

「それは相手に言え!それよりもまだ来るぞ!」

こちらは全身を『ジン』の炎をまとい鎧武者姿の『炎師』がミサイルや銃弾をまとめて受け止め焼き尽くしながらぼやく相棒に応じる。

「あーもうっ!しつこいよ!」

『ガブリエル』が展開する光の壁は機関砲やミサイルを弾く。

「はぁ・・・呑み込んで」

『ウンディーネ』の周囲に現れる水の壁は全て呑み込み、沈めていく。

「しつこいわよ本当!」

『ルシファー』の放つ闇が包み押し潰す。

どれだけ攻撃を集中させても『六師』には傷一つつかない。

しばらくすると『六師』に集中していた猛攻も徐々に終わりを告げる。

弾切れかオーテンロッゼ達がアトラス院を占拠したのかどちらかは不明だが、どちらにしろもはや敵の抵抗もここまでなのだろう。

「ここまでだな。これでアトラスは落ちる。後は・・・??」

「どうした『炎師』?」

「な、何あれ?アトラス院が光っている??」

確かにアトラス院全体がうっすらと光り始めている。

その瞬間『光師』が叫んだ。

「皆!何かに隠れて!」

「へ?」

「な、なにを」

「いいから!父さん、『タイタン』で僕達覆って!!」

「判った。全員入れ!」

『光師』の必死な形相に何も聞かず頷いた『地師』は『タイタン』で『六師』全員を覆うように包み込む。

「おい『光師』ありゃなんなんだ?」

包まれた所で『風師』が尋ねた所とんでもない返答が返って来た。

「多分だけど・・・『破滅の光』だと思う」

「何だと!」

「まずいわよそれ!アトラスに入った連中どうするのよ!!」

「どうも出来んだろ後は幸運を祈る事しか」

酷な言い方をする『炎師』だったが、下手に動けば自分達も巻き添えを受けかねない事を判っていたので他の面々は何を言う事は出来なかった。

しばらくしてから、『タイタン』に包まれていた『六師』達が改めてアトラス院に突入を果たした時、そこには死者達がそこにいたと言う名残である灰と、全身を崩壊させた死徒。

そして、今まで抵抗を続けていたと思われる錬金術師達と思われる人間の死体が随所に転がっていた。

「で、『光師』あの光は」

「間違いないよ『ガブリエル』が使う『破滅の光』だよ。それを即効性にした奴だと思う」

「自分達が死ぬのを覚悟であれを使ったって事か・・・恐れ入るな」

『光師』の説明に静かに溜息つく『炎師』。

「驚くに値しねえだろ。俺達は何度も見ているだろ?奴らが見せる異常な覚悟を」

「そうだな・・・それよりも被害は?」

『炎師』の質問に『闇師』は出来れば言いたくない様子だったがそれでも渋々告げる。

「駄目ね。アトラス院に突入した死者は全滅。死徒も半数は使い物にならない」

「つまり何か?北アフリカ方面軍は」

「ほぼ壊滅と言う事か・・・」

「アトラスは落としたが代償は高かったな」

「高い所じゃないよ。割が合わないよこんなの」

「ええ、これではその先の中東侵攻なんて不可能よ」

作戦ではアトラス院を陥落させた後、軍を二手に分けてアフリカを南下する部隊とスエズ地峡を超えアラビア半島への侵攻も予定していただけにこの大損害は想定の外だった。

「・・・んでこの後始末どうする気だ?」

そう言って『風師』は冷たい殺気を呆然としているオーテンロッゼに向ける。

それに釣られて残る『五師』も冷たい視線を向ける。

アトラスの最後の攻撃時、オーテンロッゼはアトラス院から離れていた為この惨事に巻き込まれずに済んだが、それが幸か不幸かは誰にも判らない。

「そ、それは・・・その・・・」

このような事になってしまった事に対する恐怖と呆然で言葉も出ない。

「まあ良いや。俺らは陛下に事の次第を報告しなけりゃならねえ。お前は残存戦力を一刻も早く再編させとけ・・・再編させるだけの戦力があったらの話だがな」

半ば吐き捨てる様にそう言ってから姿を消す『六師』。

その後には、呆然としたオーテンロッゼがただ立ち尽くしているだけだった。









『アトラス院攻防戦』は終わりを告げた。

『六王権』軍はアトラス院の陥落には成功したものの、現地で得た死者を含む総兵力推定三十万の内、およそ二十八万を失い北アフリカ方面軍は壊滅的な損害を被った。

内訳は、オーテンロッゼの無理な突撃で二十万、後退時の追撃で五万、『アトラスの断末魔』で三万を失った事からもオーテンロッゼの指揮の拙さが露呈した形だった。

だが、『六王権』軍が本当に被った被害は兵力ではなかった。

『六王権』軍北アフリカ方面軍が壊滅した事により中東への侵攻が無くなり、更に北アフリカの兵力区分が空白となってしまった。

この事実が後の反攻期において重大な意味を持つに至るがそれはまた後の話である。









そして、舞台は三度『六王権』軍の攻撃を受ける事になったロンドンに移る。

時間は戻り、ドーヴァーが再度『六王権』軍の横断を受ける事になった直後に戻る。

ロンドン『時計塔』では対処に慌てに慌てていた。

ルヴァレの部隊の撤退と同時に行われたロンドン魔道要塞強化も既に完了し、時計塔所属は元より、フリーランスの魔術師まで一時的に雇い戦力補充も終わっている。

既に『六王権』軍は先鋒部隊が橋頭堡を築き、後続部隊と合流一路ロンドン目掛けて突き進んでいると報告を受けて、所定の位置に向かおうとしていた時思わぬ来客を受けた。

「しばらくぶりねアルトリアに遠坂のお嬢ちゃん」

「元気そうだな遠坂」

ロンドンの救援に到着したメディアと宗一郎、そして

「まだ全員いるようだな」

二人をここまで送り届けたゼルレッチだった。

「大師父!どうされたのですか?」

「うむ、実はな、士郎が原因不明の障害で戦線を離脱してここの戦力の低下は否めまい」

「確かに戦力は充実していますが、それでもシロウの離脱は痛いです」

ゼルレッチの言葉に頷くのはアルトリア。

前線、支援、更には遊撃の全てを高い水準でこなし、柔軟に事態を対処できる人材はアルトリアの知る限り、現状士郎しかいない。

英霊達はメディアを除けばほとんどが前線に偏っているし、凛やメディア達魔術師はわずかな例外を除き支援中心だ。

「そこでだ、実はな遠坂の姉妹とエーデルフェルト、後アインツベルン、それとそこのシスターお前達にちょっとした贈り物を用意してきた」

「贈り物?」

「・・・ですか?」

「私達に?」

「ちょっと待ちなさいよキシュア。私はあなたの弟子の家系じゃないのよ」

「更に言えば私は魔術師でもありませんが」

「うむ全て承知している。だがな、今後の事を考えれば『六王権』軍に少しでも対抗できる戦力が必要なのでなその為にもはや手段は選べなくなったのだよ」

そう言ってから持っていたトランクを置く。

「大師父、これは一体?」

「それに中は?何なのキシュア?」

「まあそれは見れば判る」

そう言ってからトランクを開けた。

そしてそれを見た凛と桜は凍り付いた。

なぜならばそれは

『凛さん、桜さんお久しぶりです』

絶対に見たくない代物がそこにあった。

幼い姉妹に深いトラウマを残したあれが。

二十一話へ                                                                十九話へ